人生の隣人

slowlearner_m2011-03-10



そう言えば、先日ツイッターのBertolucci_botに下記のような言葉が掲載されていました。


実際のところ、カサヴェテスの映画はどこに行きつくか分からないまま漂う残骸としては美しい。彼の映画は波にもて遊ばれる残骸のように、未完成で、悲劇的で、無防備だ。残骸はいつも大きな魅了をもつ。不安定で、はかなく、簡単に沈んでしまうからだ。


これは、ベルナルド・ベルトルッチ監督のカサヴェテスの映画に対する言葉です。
この言葉を読んだ時、カサヴェテスの作品が好きな理由が分かったような気がしました。「未完成で、悲劇的で、無防備だ。残骸はいつも大きな魅了をもつ。不安定で、はかなく、簡単に沈んでしまうからだ。」なんて、まるでカサヴェテスの映画のことではなく、「人生」について語っているようだ、と思ったのです。



カサヴェテスの『こわれゆく女』の予告編です。



以前に『暗殺の森』の宣伝を担当しました。
大好きな映画です。『暗殺のオペラ』も『1900年』も『ラストエンペラー』も好きです。

そうなのです。カサヴェテスの映画は、「人生に似ている」のだと思います。
カサヴェテスの演技も、また「人生に似ている」のだと思います。『マイキー&ニッキー』もまたカサヴェテスが出演したことによって、直線的に語られる物語ではなく、気まぐれで、行き先の見えない、悲劇的で、喜劇的で、無防備なフィルムとして焼き付けられました。

「人生の隣人」なんて言葉が頭に浮かびます。
「人生の隣人」としての映画。
今日は、間もなくクランクインする作品のオールスタッフもありました。
私たちの映画もまた、そのような映画になるでしょうか…。