もうひとつ猫の話

slowlearner_m2009-04-30



もうひとつ猫の話を書こうと思います。
前回も書きましたが今、うちには一匹、猫がいます。はじめて猫と暮らしたのは、高校2年生の時のことです。その猫も捨て猫でした。故郷の実家の近くの公園に、レジ袋に数匹の兄妹と一緒に捨てられていたのです。

幼い近所の子供達が騒いでいるので見に行くと、折り重なった下の数匹はもう既に死んでしまっていて、上にいた数匹が鳴いているのです。

近所の人たちと、その生き残った数匹を手分けして預かることにしました。
うちに来た猫は、黒と茶のブチで、鼻の黒いブチが、ちょっと鼻からズレていて、一番ブス(女の子でした)だったのが可愛かったのです。のちに母の友人に「あらあら、神さまのいたずらねぇ」と言われたのを覚えています。

その猫は(手許に写真がないのが残念ですが)、小さくて、こんな小さくて子猫が産めるのかしらん、と思ったのですが、四匹の子供を産み、数年前20歳で死にました。

お産の時には、あろうことか、実家の母親に「見ていてくれ」と主張し、三匹産んだところで、もう終りかと母が電話をかけにいくと、「まだ終ってないよぉ」と産室を出て後を追いかけてきて更に主張し、母親が産室に一緒に戻ると安心して、最後の一匹を産んだのでした。

大学生の時は、実家から東京に帰る前日に、「明日東京に帰るからね」と言うと、翌日の朝、食卓のわたしが座る椅子の下に、「餞別だ」と言わんばかりに、雀が置いてあったりします。
モグラを捕ってくると聞いたので、「オレ、モグラ見た事ないなぁ」と猫に言うと、これまた食卓の椅子の下に、モグラが置いてあったりしました。

得意気に鼠の形をしたカスタネットをくわえて、家に帰って来たこともありました。鼠だけど、カスタネットだし…。あれは分かってて、やってたんでしょうか?

賢い猫でした。

金井美恵子さんの小説『タマや』を読むと、タマがお産の時、「ネエネエ、あたし死ぬんじゃないかしら」、と物悲しげに鳴くと、主人公は「タマはいい猫だから死なないよ」と言って慰めるくだりがあるのですが、ここを読む度に、実家の猫のお産の時のことを思い出します。「最近ちょっと太ったね」と母に言うと、「何言ってんの、妊娠してるのよ」と怒られ、そう言えば見慣れない黒い猫と一緒にうちの猫がいたことを思い出し、高校生のくせに娘が妊娠したと告げられたような、なんだかすごく複雑な気持ちになったことも思い出します…。



現在、河出書房新社から発売されている文庫版の装幀です。



講談社から出ていた単行本は、山田宏一さんが撮影したアンナ・カリーナの写真が装幀されていて、とても好きでした。


それでは、今日の猫ストーカー映像をどうぞ。海辺で出会った猫です。



チラシも出来上がってきました。

浅生ハルミン原作、星野真里主演、鈴木卓爾監督作品『私は猫ストーカー』は、7/4(金)からシネマート新宿でロードショー。その後、名古屋シネマテーク京都みなみ会館、広島・横川シネマ!!ほかにて全国順次公開です。