たむらまさきさんのこと 『私は猫ストーカー』事始め〜その7

slowlearner_m2009-05-31



私は猫ストーカー』の脚本作業は続きました。
ある時点から、鈴木卓爾監督も参加して、脚本の黒沢久子さんと、あーでもない、こーでもないと、三人で稿を重ねて行きます。

それと当時にスタッフも集めなければいけません。

低予算で小さな組を作るとき、ひとつの確信というか決めごとがあります。
少なくともキャメラマンだけは、その作品の狙いにあったキャメラマンを慎重に選んで、依頼しなければならない、ということです。それは、エリック・ロメールの教えでもあり、現実に言えば、低予算ゆえの絵の貧しさがあってはならず、逆に低予算であることを逆手にとって映画をどうやったら豊かにすることができるかを、ともに考えてくれる人でなければならない、ということでした。


今回、考えたのは、甲斐田祐輔監督作品『砂の影』でもご一緒した、たむらまさきさんです。


たむらさんのキャメラが好きです。
映画とは何か、ということを問い続けるような現場での姿勢も、ご一緒していて贅沢で楽しい経験です。
それに、何よりたむらさんは猫が好き…。
台所で料理などしていると、近所の黒猫が家の中に入って来て、たむらさんを見上げているそうです。



私は猫ストーカー』の現場でのたむらさんです。


監督と相談して、たむらさんにお願いしようと決めた日、突然たむらさんから電話がかかってきました!
今、渋谷にいるんだけど…と電話口でたむらさんはおっしゃいます。今日電話をしようと思っていたのが、どうして分かったんだろう…。こちらは不思議です。急いで脚本を片手に渋谷のキリンシティでお会いしまし、参加を快諾していただきました。
古書店が舞台だと説明すると、たむらさんが、いい古書店中野新橋にありますよ、とおっしゃいます。
それって、古書猫額洞でしょ…。どうやら、たむらさんもこの古書店のお客さんのようでした。わたしも何度か足を運んだことのある古書店で、こんなお店で撮影できればいいな、と思っていたのです。

その時はまだ、古書店をロケセットで飾って作るべきか、本当にある古書店をお借りして迷っていました。
そして映画のメインの舞台となる場所も、根津、谷中、千駄木方面がよいのではないかと思っていましたが、まだ決定していはいません。

これから監督やたむらさんとロケハンをあちこちして、そして全てのロケ場所を決定していくのです。
とりあえず、古書店はどういう場所なのかを、古書猫額洞さんに見せていただくことにして、ロケハンをはじめることにしたのでした。


撮影:たむらまさき

1939年、青森県生まれ。岩波映画を経て、小川紳介監督『日本解放戦線・三里塚』(70)でシネマトグラファーとなる。以後、『三里塚・辺田部落』(73)、『ニッポン国古屋敷村』(82)、『1000年刻みの日時計』(87)など小川紳介監督による三里塚、山形でのドキュメンタリー作品の傑作のほとんどを撮影。他に黒木和雄監督『竜馬暗殺』(74)、柳町光男監督『さらば愛しき大地』(82)『火まつり』(85)『旅するパオジャンフー』(95)、相米慎二監督『ションベンライダー』(83)、高嶺剛監督『ウンタマギルー』(89)など、見事な映像空間を作り出した。96年、青山真治監督の『Helpless』への参加をエポックに、気鋭の映画監督たちと新しい作品の撮影、制作に携わる。河瀬直美監督『萌の朱雀』(97)、諏訪敦彦監督『2/デュオ』(97)、黒沢清監督『蛇の道』(98)、『蜘蛛の瞳』(98)、青山真治監督『シェイディー・グローブ』(99)、『路地へ 中上健次の残したフィルム』(01)、『月の砂漠』(03)、『レイクサイド・マーダーケース』(04)、『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)、『サッド・ヴァケイション』(07)、甲斐田祐輔監督『砂の影』(08)、池田千尋監督『東南角部屋二階の女』(08)などの撮影を担当。青山真治監督『ユリイカ』(01)は、2000年第53回カンヌ国際映画祭で「国際批評家連盟賞」「エキュメニック賞」を受賞。国際的にも注目を集めている。